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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)66号 判決 1984年9月27日

原告

平戸幹秀

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

同    弁理士

竹内裕

被告

特許庁長官

右指定代理人

柿本昭裕

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<省略>

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「パイプ止金具」とする考案(以下、「本願考案」という。)につぎ、昭和四九年五月二一日実用新案登録出願をしたところ、昭和五四年二月二七日出願公告(実用新案出願公告昭五四―四六一八号)されたが、実用新案登録異議の申立があり、昭和五五年一月二九日拒絶査定を受けたので、同年五月一日これに対する審判を請求し、特許庁昭和五五年審判第七九六七号事件として審理され、昭和五七年一月二一日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は同年三月六日原告に送達された。

二  本願考案の要旨

弾力性を有する一本の鋼線をほぼ中央で半円形に屈曲した第一のパイプ(A)を保持する保持部1となし、該保持部1の下部両端を平行に傾斜させつつ直線的に延長して平行直線部2とし、平行直線部2の下端を前記第一のパイプ保持部1と直交し且つ半円が互いに向い合う方向に半円形に折り返して第二のパイプ(B)の保持部3とし、該保持部3の端部を前記第一の保持部1と直交する方向に水平に延長して平行な水平直線部4とし、該水平直線部4の一方の端部を前記第一の保持部1と平行で且つ同一方向へ半円形に屈曲して第一のパイプ(A)の係止部5とし、その端部を他方の水平直線部4の端部に掛止自在としたパイプ止金具において、前記水平直線部4の端部を環状に折り返して先端を水平直線部4に接触させ、前記係止部5の端部を該環状の折り返し部に係入させて水平直線部4に掛止したことを特徴とするパイプ止金具。(別紙図面(一)参照)

三  本件審決の理由の要点

本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対し、本願考案の出願前に日本国内において領布された刊行物であるサンケン株式会社昭和四七年五月発行「サンケン省力資材 解説書 (パイプ編)」第三頁、第四頁(以下、「引用例」という。)には、「弾力性を有する一本の鋼線をほぼ中央で半円形に屈曲した第一のパイプを保持する保持部となし、該保持部の下部両端を平行に傾斜させつつ直線的に延長して平行直線部とし、平行直線部の下端を前記第一のパイプ保持部と直交し且つ半円が互いに向い合う方向に半円形に折り返して第二のパイプの保持部とし、該保持部の端部を前記第一の保持部と直交する方向に水平に延長して平行な水平直線部とし、該水平直線部の一方の端部を前記第一の保持部と平行で且つ同一方向へ半円形に屈曲して第一のパイプの係止部とし、その端部をU字形とし、これを他方の水平直線部に形成したU字形の端部に内側に掛止自在としたパイプ止金具」(別紙図面(二)参照)が記載されている。

本願考案と引用例に記載されているものとを比較すると、本願考案の掛止手段が水平直線部4の端部を環状に折り返して先端を水平直線部4に接触させ、係止部5の端部を環状の折り返し部に係入させて水平直線部4に掛止させたのに対し、引用例のそれは、水平直線部の端部をU字形とし、これを他方の水平直線部に形成したU字形の端部の内側に掛止自在とした点において両者は相違し、その余の点については一致しているものと認められる。

そこで、前記相違点について検討すると、掛止手段として、水平直線部の端部を環状に折り返して先端を水平直線部に接触させ、この環状の折り返し部に他方の水平直線部の端部を掛止めることは、本願出願前周知、慣用に属するところであり、この掛止手段を引用例のパイプ止金具に適用して本願考案を構成することは、当業者がきわめて容易に考える程度のものと認められ、また作用効果においても予測し得る程度のものと認められる。

したがつて、本願考案は、引用例及び周知、慣用に属する技術的手段から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第三条第二項の規定により登録を受けることができない。

四  本件審決の取消事由

引用例の記載内容が審決認定のとおりであることは、争わないが、本件審決には、次のとおり、これを違法として取消すべき事由がある。

1  審決は、実用新案法第一三条で準用する特許法第五〇条の規定による拒絶理由通知がなされていない拒絶理由に基づいて本願考案の登録を拒絶したものであるから、手続上の適法性を欠いている。

すなわち、実用新案登録異議申立において異議申立人が提出した異議申立書には申立の理由として実用新案法第三条第一項とともに同条第二項も摘示されていたが、この時点では異議の具体的理由も述べられず、且つ証拠も表示されておらず、その後提出された異議申立理由補充書においてはじめて異議の具体的理由が述べられ且つ証拠が表示されたが、それらはいずれも実用新案法第三条第一項についてのもののみであつて、同条第二項についての異議理由及び証拠は全く示されていなかつたところ、拒絶査定は異議申立人が主張しなかつた同法第三条第二項の理由に基づいてなされ、審判においてもこの審査の誤りは補正されなかつたから審決は結局、実用新案法第一三条で準用する特許法第五〇条の規定による拒絶理由通知がされていない拒絶理由に基づいて本願考案の実用新案登録を拒絶したことになつて違法である。

<以下、省略>

理由

一請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて判断する。

1  原告は、実用新案登録異議申立において異議申立人が提出した異議申立書には異議申立理由として実用新案法第三条第一項とともに同条第二項も摘示されていたが、この時点では異議の具体的理由も述べられず、且つ異議理由を証する証拠も表示されておらず、その後提出された異議申立理由補充書においてはじめて異議の具体的理由が述べられ且つ証拠が表示されたが、それらはいずれも実用新案法第三条一項についてのもののみであつて、同条第二項についての異議理由及び証拠は全く示されていなかつたところ、拒絶査定は異議申立人が主張しなかつた同法第三条第二項の理由に基づいてなされ、審判においてもこの審査の誤りは補正されなかつたから審決は結局、実用新案法第一三条で準用する特許法第五〇条の規定による拒絶理由通知がされていない拒絶理由に基づいて本願考案の実用新案登録を拒絶したことになつて違法である旨主張する。

なるほど、<証拠>によれば、登録異議申立人が当初提出した異議申立書には、本願考案は「その出願前に領布された刊行物に記載されたものと同一、又はこの刊行物に記載されたものからきわめて容易に考案できたものであるから、実用新案法第三条第一項及び第二項の規定に該当し登録されるべきではない。」と記載されてはいるが、証拠の表示はなかつたことが認められ、証拠の表示はその後提出された異議申立理由補充書においてはじめて記載され、しかもその証拠は本願考案が実用新案法第三条第一項の規定に該当することの理由としてのみ挙げられていることが認められる。

実用新案法第一三条で準用する特許法第五六条は、「特許異議の申立をした者は、前条第一項に規定する期間の経過後三十日を経過した後は、特許異議申立書に記載した理由又は証拠の表示の補正をすることができない。」と規定するが、この規定の趣旨からすれば、特許庁審査官は出願人に拒絶理由通知をすることなく、異議申立人が証拠を挙げて異議理由とはしていない実用新案法第三条第二項をもつて拒絶査定することはできないものというべきであり、この点で審査官のした拒絶査定は違法であるといわなければならない。しかし、この違法を原告は、拒絶査定に対する審判請求手続において主張できたはずであるところ、原告が審判手続においてこれを主張した形跡は見当らない。そうすると、審査官のした右拒絶査定の違法は原告の責問権の放棄により、もはや本訴においてこれを主張することはできないものといわなければならない。

よつてこの点についての審決の違法をいう原告の主張は採用できない。

<以下、省略>

(高林克巳 杉山伸顕 八田秀夫)

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